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ボナールの「棕櫚の木」「開かれた窓」「ザ・テラス」



ボナールの「棕櫚の木」
ボナールの「棕櫚の木」1926
19世紀~20世紀に活躍したフランスの画家ピエール・ボナールは、ポスト印象派とモダンアートの中間点に位置する画家で、ナビ派に分類されています。ナビ派の画家の中でも特に日本趣味の影響が大きく反映されており、画家仲間からは「ナビ・ジャポナール(日本かぶれのナビ)」と呼ばれていました。

1867年、パリ郊外のフォントネー=オ=ローズで陸軍省の役人一家の次男として生まれたボナールは、1886年大学入学資格試験に合格しパリで法律を学び始め弁護士資格を得ますが、同時に美術学校で絵画を学び始めると、芸術の世界に情熱を注ぐようになり若い画家たちのグループ「ナビ派」に参加。1889年に商用ポスターのための図案が採用されたのをきっかけに画家として生きて行くことを決心します。

1893年には後に妻となるマリア・ブールサン(通称マルト)と出会い、以後はボナールが描く女性はほとんどがマルトをモデルとして登場するようになりました。このマルトは異常なほど入浴が大好きで一日の相当の時間を浴室で過ごしていたと言われていますが、そのためかボナールの作品も浴室での様子を描いたものが多くなっています。

1926年に描かれた「棕櫚の木(ヤシの木)」はボナールの20年代の代表作の1つで、前年の1925年に購入した別荘のある南仏ル・カネ近郊の風景を基に制作されたものです。ちなみにこの別荘に引っ越して来る際も、妻マルトの強い要望により、バスタブ付きの浴室が用意されたと言うことです。

ボナールの「開かれた窓」
ボナールの「開かれた窓」1921
ボナール作品の所有数ではアメリカでもフィリップスコレクションが一番とのことで、様々な作品を楽しむことができます。

ボナールの「The Terrace」
ボナールの「The Terrace」1918
ボナールの「Woman with Dog」
ボナールの「Woman with Dog」1922
ボナールは、南仏を拠点としつつ、こうした土地で庭の風景、室内情景、静物などを描き続け国内外で好評を得ました。

1942年には妻マルトが死去し、その5年後の1947年、ボナールは21年間暮らしたル・カネで死去。最後まで意欲的に絵画の制作を行っていたと言うことです。