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ニュースの博物館・Nuseum


Nuseumの外観

ニュースとジャーナリズムに関する博物館のNuseumは、元々バージニア州にあったものをワシントンDCのナショナルギャラリーの目の前に移転させ、2008年4月11日に一般公開が始まりました。

Nuseumは地下1階から6階までに7つのフロアーに渡る展示階、15のシアター、12の大きなギャラリーや2つのニューススタジオなど、規模の大きな博物館です。

チケット売り場

まず入り口を入るとチケット売り場があります。

無料で入れる美術館や博物館がほとんどのワシントンDCですが、このNuseumでは入場料がかかります。大人1人$22.95 + tax、7歳から18歳の子供は$13.95 + taxかかるので(6歳以下は無料)、思わずチケットを購入する時は「高いな〜」と一瞬躊躇してしまいましたが、ニュースや報道、歴史好きの方やお子さんの教育の場としては内容が充実した博物館でお勧めです。

ちなみに1枚のチケットで翌日は無料で入れます。思わず、「明日の分はいらないから今日の分だけ半額にならないの?」と聞きましたが駄目でした。(笑)

チケット購入後はまず地下1階に降りて、展示物の全体像を説明する4分弱のビデオを観ます。

人気の4Dシアター

子供にもお勧めの人気の4Dシアター

同じ地下1階には「4Dシアター」があるので、お見逃しなく!報道のちょっとした歴史についての15分程の内容なのですが、銃弾や爆発が起きた時には椅子ががくっと衝撃を受けたり、風が吹いて来たりと、結構楽しめます♪

その後、ガラス張りの大きなエレベーターに乗って一番上の6階へ。展示物の見る順番はだいたい流れができているのでそれに乗っ取って見て行けば大丈夫です。まずはベルリンの壁の展示物です。

ベルリンの壁

ベルリンの壁

そして議会が見える奇麗な眺めを堪能できるバルコニーで記念撮影をした後、世界中から集めた「本日の新聞のトップページ」のコーナーへ。

展望台からは米連邦議会議事堂がよく見えます。

展望台からの眺め。米連邦議会議事堂がよく見えます

世界中から集められた今日のトップ記事

世界中から集められた新聞の一面記事

その後1つ階段を下りて5階へ。5階には世界の歴史的な瞬間を報じた新聞が所狭しと展示されています。まず世界でも最も古い新聞のようなドイツの印刷物から、パールハーバーの襲撃を伝える新聞、ケネディ大統領の暗殺を伝える新聞まで数多くの新聞が展示されていて見ているだけで歴史を思い出して面白いです。

以下、いくつか印象的な記事をご紹介して行きますね。

1526年のドイツの印刷物

↑1526年の世界で最も古い新聞のような形のドイツの印刷物。

ルイジアナ州買収を伝える新聞

↑1803年にトーマスジェファーソン大統領がルイジアナ州を買収したことを伝えるボストンガゼット

パールハーバーの襲撃を伝える新聞

↑日本軍がハワイのパールハーバーを攻撃したことを伝えるホノルルの1941年12月7日付け特別号。

原爆投下を伝える新聞

↑広島に原爆を投下したことを伝える1945年8月7日付けの新聞。「日本がポツダム宣言に乗っ取った無条件降伏を拒否したため、アメリカが原爆を投下した」などと書かれています。

日本の降伏を伝える新聞

↑日本が無条件降伏したと伝える1945年8月15日付けの新聞。富士山を背景に日本の旗が燃え、その煙が「VJ(=Victory over Japan)」となっていて日本に勝利したことを表現しています。日本人としてちょっと切ないです。昭和天皇のことも「Hirohito」と呼び捨て。

マリリンモンローが死亡したことを伝える新聞

↑マリリン・モンローが死去したことを伝える1962年8月6日付けの新聞。

ケネディ暗殺を伝える新聞

↑ケネディ大統領が暗殺されたことを伝える1963年11月23日付けの新聞。

月面着陸を伝える新聞

↑アームストロング船長が人類で初めて月面に着陸したことを伝える1969年7月21日付けの新聞。有名な「That’s One Small Step for Man, One Giant Leap for Mankind.」が見出しになっています。

ニクソン辞任を伝える新聞

↑ウォーターゲート事件を受け、ニクソン大統領が辞任することを報じた1974年7月21日付けの新聞。

オバマが黒人初の大統領になることを伝える新聞

オバマ氏が、黒人として初めて次期アメリカ大統領になることを伝える2008年11月5日付けの新聞。当時は大人気だったのですが。。。(苦笑)

歴史的な新聞記事の展示物を観た後は、 横幅35メートル近くもある巨大なスクリーンで今度は歴史的な瞬間を伝えるテレビニュース報道を観ます。ケネディ暗殺やオバマ大統領誕生など、様々なニュースが短くまとめられていますが結構長いです。

巨大スクリーン

横幅35メートルもある巨大なスクリーン。迫力万点です。

次にまた一階降りて4階へ。4階には双方向でニュース報道などについて知れるコーナーのほか、市民権運動に関する展示物などがあります。

双方向のニュースコーナー

双方向でニュース報道について知れるコーナー

市民権運動についての展示物

市民権運動についての展示コーナー

また同じ4階には911テロ事件を伝える各紙一面トップが壁一面にびっしり展示されているほか、その前には911で崩壊した世界貿易センターのビルの一番上についていた、おり曲がって焼けこげたアンテナも展示してあります。

911を伝える各紙

911テロを伝える新聞各紙

世界貿易センターのてっぺんについていたアンテナ

世界貿易センターのてっぺんについていたアンテナ。焼けこげています。

その後、表現の自由の権利を保証するアメリカ憲法修正条文に関する展示物を観た後、1つ下の3階へ。

3階にはまず、「世界の報道の自由マップ(World Press Freedom」と言うのがあるのですが、緑色が「自由(Free)」、黄色は「一部だけ自由(Partly Free)」、赤が「自由がない(Not Free)」との色分けがされているため一目見ただけで西欧諸国と日本には報道の自由があるものの、真っ赤の中国を筆頭に多くの国ではまだ自由が全くないか、制限されていることがわかります。

世界の報道の自由マップ

世界の報道の自由マップ。大半の国がまだ赤か黄色で報道の自由がない。

その後、戦地で取材をしていて銃弾を受けた車の展示や、取材中に亡くなった2000人以上のジャーナリスト達の顔写真が展示されているコーナーがあります。改めて、こんなにも多くの記者が命を落としたのかと思うと、はっと考えてしまいます。

取材中に銃弾を受けた車

取材中に銃弾を受けた車

取材中に亡くなったジャーナリスト達

取材中に亡くなった2000人以上のジャーナリスト達

その後、ラジオとテレビ報道が誕生してから現在に至るまでの軌跡についての展示コーナーやNuseum の中にあるニューススタジオを見学した後、また1つ下の2階へ。

テレビとラジオの誕生からの軌跡についての展示コーナー

テレビとラジオの誕生からの軌跡についての展示コーナー

2階にはニュース用のヘリコプターが空中に展示されているほか、歴代のファーストドッグ(歴代大統領の犬達)の写真コーナーがあります。

取材用ヘリコプター

空中に展示されている取材用ヘリコプター

ちなみに、ケネディー大統領は犬アレルギーでしたが、なんと9匹も犬を飼っていたとのこと!中にはソ連の当時の首相からプレゼントされた犬も含まれているそうです。

ケネディ一家と愛犬の写真

1963年に撮影されたケネディ一家と愛犬の写真

その後、ニュースルームに仕立てたセットなどの前で写真を撮れるコーナーなどを通り、最後の階の1階へ。

1階にはピュリッツアー賞を受賞した報道カメラの作品の数々が展示されていますが、賞を取るだけあって思わず見入ってしまう作品ばかりです。

ピュリッター賞を受賞した写真の数々

ピュリッツアー賞を受賞した報道カメラの作品の展示コーナー

スーダンにて。

1994年ピュリッツアー賞。By Kevin Carter

↑これは1993年にスーダンで撮影された写真ですが、餓えて死にそうな子供の後ろにハゲ高が待ち構えている様子をとらえていたことから、「何故、カメラマンは写真を撮るのではなく子供を助けなかったのか」との批判が巻き起こり、結局この写真を撮影した南アフリカ出身のカメラマンKevin Carter氏はピュリッツアー賞受賞から3ヶ月後の1994年7月27日に33歳の若さで自殺を図ってしまいました。友人には「I’m really really sorry I didn’t pick the child up.」と語っていたと言うことです。。

ベトナムにて

“The Terror of War” 1973年ピュリッツアー賞。By Huynh Cong (“Nick”) Ut


この写真は1972年に南ベトナムで撮影されたもので、真ん中に映っている裸の当時9歳の少女だった Phan Thị Kim Phúcさんが、”「死にそうなの、水が欲しい!熱い!助けて!( I’m dying, I’m dying, I’m dying, ‘I need some water, bring water. Too hot! Please help me!)」と言ってカメラマンに駆け寄って来たそうです。

カメラマンは少女があまりに焼けただれているのを見て「もうこれ以上は写真を撮るのはやめよう」と考えて、水を少女にかけて熱さを取り除いてやった上でその後病院に連れて行き、Phan Thị Kim Phúcさんは一命を取り留めました。Phan Thị Kim Phúcさんその後は成長して結婚もしましたが、一方でこのカメラマンともずっと連絡を取り続け、写真が撮影されてからちょうど40年後に再会も果たしています。

オズワルト暗殺の瞬間

1964年のピュリッツアー賞。By Robert H. Jackson

↑これはケネディ大統領の暗殺の主犯者とされたリー・ハーヴェイ・オズワルト容疑者が1963年11月24日に移送された際、ダラス警察の地下1階でジャック・ルビーによって銃撃された様子をとらえた写真です。このカメラマンは誰よりも前に出てオズワルトの移送シーンの撮影中していたところ、誰かが彼の前に割って入ったので「ライバルだ」と苦々しく思っていたところ、その人物がジャック・ルビーで銃撃があったと話しています。

硫黄島で

1945年度のピュリッツアー賞受賞。By Joe Rosenthal

第二次世界大戦中の1945年2月23日に硫黄島で5人のアメリカ海兵隊員と1人の海軍兵が摺鉢山の頂上に星条旗を立てる姿をとらえた写真で、この写真をもとにアーリントン国立墓地近くに硫黄島記念碑が作られたのはあまりに有名です。ただ実はこの星条旗の掲揚シーンは2回目で初めてのケースではなかったことはあまり知られていません。

写真に映っている6人のうち3人は戦死しましたが、残りの3人は生き残り、帰国後英雄としてもてはやされたそうです。

色々紹介して来ましたが、もちろん伝えきれなかったこともたくさんあります。何しろ新聞やテレビ報道に関する展示物が満載なので、興味のある方はNuseumに足を運んでみて下さいね。

ニュースの博物館・Nuseum
住所:555 Pennsylvania Ave. N.W., Washington, DC 20001
電話:202-292-6100
営業時間:毎日朝9時〜午後5時まで。
     サンクスギビング、クリスマス、元旦はお休み。
詳細情報はこちらから。