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マイルストン・オブ・フライト(Milestones of Flight)


「飛行の一里塚」と呼ばれるこのコーナーは、入り口入ってすぐの正面1階にあります。

まず目に入って来るのはアポロ11号コマンド・モジュール・コロンビアです。人類は1969年7月20日にアポロ11号で月まで到達しましたが、その時の司令船にあたります。こんなに小さな舟で月に到達したとは驚きです。

アポロ11号

アポロ11号コマンド・モジュール・コロンビア

その横にあるのが「バイキング火星着陸船」です。NASA=アメリカ航空宇宙局が1970年代に行った火星探査計画で使われた火星着陸船と外観や性能も全く同じでシュミレーションに使われた着陸船が展示されています。1975年8月20日にバイキング1号が、そして9月9日バイキング2号が打ち上げられ1億キロメートルの宇宙空間を飛んで翌年7月20日に1号が、9月3日に2号が火星への着陸に成功しました。なんとも夢をかき立てられますよね!

バイキング火星着陸船

1970年代に使われたバイキング火星着陸船

また冷戦時代のアメリカと旧ソビエトの核開発競争の後、1987年12月に当時のレーガン大統領とゴルバチョフ書記長の間で調印された軍縮条約であるINF=中距離核戦争力全廃条約で中射程の弾道ミサイル、巡航ミサイルの計2600を全て廃棄することが決められました。この条約を受けて全廃されたアメリカのパーシングIIミサイルと、旧ソビエトのSS-20も展示されています。核ミサイルまで展示してしまおうと言う心意気はすごいですよね。

米ソの核ミサイル

左がソ連のSS-20、右がアメリカのパーシングII

また有人宇宙飛行であるジェミニ計画を受け、1965年6月3日に打ち上げられ、アメリカで初めてエドワード・ホワイト宇宙飛行士により宇宙遊泳が行なわれたジェミニ4号 (Gemini IV)も展示されています。ちなみに、アメリカ初の宇宙遊泳を行ったホワイト宇宙飛行士はアポロ1号の訓練中の火災事故で死亡し、死後に合衆国名誉宇宙飛行士勲章を授与されているほか2009年7月に「航空の殿堂」入りもしています。

ジェミニIV

アメリカ初の宇宙遊泳を行ったジェミニIV

更に1962年2月20日に打ち上げられ、アメリカ初の地球周回軌道を飛行したジョングレン宇宙飛行士が乗り込んだマーキュリー6号(フレンドシップ7)も展示されています。軌道飛行が2周目になったところで自動姿勢制御システムが故障したため、グレン宇宙飛行士は手動で調整しながら飛行を続けました。地球に無事帰還した際にはアメリカ中が熱狂し、グレン宇宙飛行士は一躍ヒーローとなりました。

マーキュリー6号「フレンドシップ7」

ジョングレン宇宙飛行士が乗り込んだマーキュリー6号(フレンドシップ7)

このジョングレン氏はその後上院議員に転身をはかりましたが、1998年10月29日にはスペースシャトルのディスカバリー号によるSTS-95で向井千秋さんとともに再び宇宙へ出て9日間滞在しました。このとき77歳で宇宙飛行の最年長記録まで樹立しています。実は私はこの時フロリダとヒューストンに飛び、このスペースシャトルの打ち上げから帰還までを取材したこともあります!

スピリットオブセントルイス

リンドバーグが大西洋単独無着陸横断飛行に成功したスピリットオブセントルイス

1927年5月にプロペラ機でニューヨーク・パリ間を飛び、大西洋単独無着陸飛行に初めて成功したチャールズリンドバーグが乗り込んだ「スピリット・オブ・セントルイス」も同じ展示場内にあります。飛行距離は5810kmで飛行時間は33時間29分30秒。無着陸飛行を達成した際にル・ブルジェ空港へ押し寄せた観客の数は、空港に入り切らなかった分も含めて延べ100万人ともいわれています。この成功で世界的な名声を得たリンドバーグは、1931年には北太平洋横断飛行にも成功しています。

パリ上空でリンドバーグは「翼よ、あれがパリの灯だ!」と叫んだとされていますがこれは後世の脚色で、実は本人はパリに着いたことも分からなかったそう。実際に最初に発した言葉は「誰か英語が話せる人はいますか?」「トイレはどこですか?」だったとされています。